順調だった作戦がひっくり返った瞬間

長髪で白髪の老人が畳の部屋で平伏している場面。

『 先生、ここでは人目につきますので中でお話を 』

僕は膝をつき、平伏している北斎の肩に手を置いた。

北斎は額を地面につけたままなかなか顔を上げない。

その肩は少し震えている。僕は北斎の耳元で言った。

『 先生、お忍びですので先程の無礼はご心配なく 』

すると北斎は少し顔を上げ、上目で僕を下から見る。

その眼力は相変わらず鋭く、むしろ挑むようだった。

 

どこの馬の骨とも知らない、僕らのような流れ者が

なぜ将軍と一緒にいる? 俺に恥をかかせやがって!

というメッセージが目からひしひしと伝わってくる。

僕の中に北斎に対する優越感がゆっくり湧いてきた。

この時、思わず顔がニヤけてしまったかもしれない。

『 先生、さ、中へ 』  僕は北斎を家の中へと促した。

そして振り向き、シンディたちに目で合図を送った。

 

順調、作戦通り。家斉に化けたディランは頷いたが

シンディは懐疑的な表情だ。上手くいくの?と。

ここまでくれば8割いける、という自信があった。

大丈夫、任せろ。というジェスチャーを彼女に送る。

そして彼女たちにも家の中に入るように手で促した。

上座に将軍、その隣に僕とシンディ。下座には北斎。

和紙が散乱し、墨の匂いのする部屋に緊張感が走る。

 

『 先生、ということでオランダ大使の我々は国に

彼女の肖像画を持って帰らなければなりません 』

僕は雄弁に語って、根も葉もないハッタリを続けた。

北斎はピンと背筋を伸ばし正座の姿勢で聞いている。

少しイヤな予感がした。『 先生、ぜひお願いします 』

僕がそう言うと、北斎は頭を下げて額を床につける。

そしてこう言った。『 将軍様、申し訳ございません 』

 

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