
『 おい、将軍さまの御前だ。こちらにひかえろ 』
北斎はお栄の発言を制し、自分の横に座るよう促す。
お栄はキョトンとした顔で北斎と家斉を交互に見た。
『 ハァ、え、えぇ〜!将軍さま!?え、だって
さっき将軍さまの行列が飛鳥山に向かって・・・』
う…マズい。どうやら彼女は本物の方を見たようだ。
北斎はそれを聞くと、眉間にシワを寄せて僕を見る。
『 いやぁ、お栄さん。見間違いなんじゃないかな〜 』
僕はその場を取り繕うため、再びハッタリを述べた。
『 はぁ、オランダ大使。将軍さま、そんなに絵が
お好きだってのは聞いたことがないけんどなぁ〜 』
な、何だこの娘は。将軍を前に何でそんな自然体?
『 おい!ここに座れ!』 北斎の怒号が部屋中に響く。
お栄は悪びれる様子もなく北斎の隣に座り平伏した。
『 葛飾 応為と申します 』
指先を畳につけ頭を下げる。堂々とした作法だった。
彼女はこういう時は応為( おうい )って名乗るのか。
そういえば北斎が「 お〜い 」と彼女をよく呼ぶから
そんな名前をつけたという話を聞いたことがあるな。
ガラッ!障子が勢いよく開き、今度は男の声がした。
『 先生!飛鳥山で将軍さまが花見するそうですよ!』
僕の頭の中で「作戦」の文字がガラガラと崩れてく。
北渓さんは部屋を見て、お栄さんと同じ反応をした。
『 アレ?お客さんですかい?』もはや誰も喋らない。
そして、僕の隣でシンディが吹き出して笑い出した。
『 プッ、アーッハッハッハ!ま、こんなとこよね 』
彼女はしばらく笑い続け、立ち上がり北斎を指差す。
『 北斎、私を描きなさい。私たちは未来の人間よ 』