絵師の生き様を見せた北斎の覚悟

着物を着た若い女性が障子を開けてキョトンとした表情をしている場面。

これは…想定外の事態だ。和紙が散乱する部屋の

下座で平伏する北斎を前に、僕は返す言葉を失った。

『 よ、よきにはからえ 』  突如、その異変を察知して

取り乱したディランが喋りだした。意味が違うだろ。

『…は?』それを聞き北斎は不思議そうに顔を上げる。

『 く、苦しゅうない 』 『 あー!えー、と、北斎どの 』

 

家斉に化けたディランが錯乱して意味不明の言葉を

連発するのを止めるため、僕はキッと彼女を睨んだ。

将軍が喋る時は合図するって決めてあっただろうが。

北斎は怪訝な顔でこちらを見ている。疑惑の表情だ。

マズいな…一度疑われると、その芽は育ちかねない。

これ以上、余計な疑いをかけられる前に強行突破だ。

『 将軍様、直々のご命令ですぞ?断られると申すか 』

 

僕は高圧的な態度で言った。この言葉の意味には

当然、お上の命令を断ったら死罪という含みもある。

北斎も充分それを理解した表情だった。『 我々… 』

何か喋り出そうとし、少し間を置いてこちらを見る。

その顔は何かを決意した達観したような表情だった。

『 我々、絵師は描きたいものを描くという不器用な

性分でして、命令通りに描くのが何とも難しく… 』

 

『 私が描きたいと思った時に描きます 』

言い切ると北斎は正座で背筋を伸ばし姿勢を改めた。

まるで切腹する前の侍のような雰囲気を出している。

ここまでとは…頑固もここまでくると天晴れだな。

ガラッ! 障子の開く音と同時に女性の声が響いた。

『 おとっつぁん、仕事だよ!…アレ?お客さん? 』

お栄は部屋に入り見渡すと、気まずそうな顔をした。

 

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