上京して音楽活動で積み重ねてきたモノを失いつつある現実

web小説 ≪不食人類♯2≫

 

翌日、滝沢はJR中央線に乗って外の景色を

ボンヤリ眺めていた。手にはハードケースに

入った愛用ギターを持ち、電車の入口付近に

立って路上ライブのイメージを膨らませる

結局、五条からの煽りに押されるカタチで

久しぶりの路上ライブをすることになった

もし、昨日の彼女からの連絡が無ければ

音楽を辞めてしまったかもしれないと考える

 

窓に流れる景色が、新宿のオフィスビルが

立ち並ぶコンクリートジャングルから

閑静な住宅街へと段々に移り変わっていく

彼の家は下北沢にあり、以前はそこでも

よく路上ライブの演奏をしていたのだが

歳を重ねるに連れて、新宿や中野、そして

いま向かっている高円寺での機会が増えた

音楽を仕事にしてもう15年の月日が経つ

 

19歳の頃は実家の長野で、父親が経営する

広告代理店の仕事を手伝っていたのだが

東京で音楽をやりたいとずっと思っていた

そして、仕事のストレスがたまっていくと

ついに体を壊して動けなくなってしまった

「これは自分のやりたいことではない」

病室のベッドで何度もそんなことを考えて

回復すると、すぐにギターを持って上京した

 

もし音楽を辞めていたらと想像する

いま考えると何と無鉄砲、無計画だと思うが

あのままでいるより全然マシな選択だった

やせ衰えた体重も元のように戻っていき

ただガムシャラに路上ライブを続ける日々

そして上京して約1年、以前に所属していた

事務所の社長と偶然に知り合ったことから

プロとしての音楽活動がついにスタートした

とはいえ、貧乏生活はまだ続いていくのだが

 

そこからコツコツとファンを増やしていき

5年目で念願のワンマンライブを成功させ

10年目からは3ケタ動員も安定してきた

そしてついに300人ホールでワンマンライブ

さあ、ここからというところだったのだが…

「残ったのは300万の借金か・・・」

窓に映る自分の顔に向かい、自嘲気味に呟く

滝沢にとって、音楽が人生の全てであった

 

それを昨日は危うく手放そうとしたのだ

借金という現実を目の前に突き付けられて

全てを放棄したくなる欲望がこみ上げてきた

もし、辞めたらどうなっていただろう?

実家の長野に帰る、という選択肢はまず無い

何か他のバイトでもしながら酒浸りの日々を

送って体を壊していく自分の姿が目に浮かぶ

何のために東京に出てきたのか分からない

 

ウィルスで存続の危機となった音楽活動

そんなことを考えているうちに次の駅が

高円寺という車内アナウンスが流れてきた

新宿を起点に色々な所でライブをしてきたが

高円寺は滝沢のお気に入りの場所の1つだ

下町感ある中に、大人びたお洒落さを持ち

都内でもゆっくりと時間が流れる感覚になる

電車のドアが開き、滝沢はギターを持って

久々の高円寺に足を踏み入れ、改札へ向かう

 

北口の改札に向かう駅の階段を下りていくと

横の壁にはコロナ感染拡大防止のお願いと

旅行のキャンペーンを促進する内容の

ポスターが交互にズラーッと並んでいる

感染を防ぎたいのか広げたいのか分からない

コロナになってこうした矛盾がとても増えた

GOTOトラベルかと思えば、緊急事態宣言

今の日本は人命と経済の板挟みなのだろう

 

まさか自分の音楽活動がウィルスによって

存続の危機に陥るとは夢にも思ってなかった

いつまで続くか分からない、まさに悪夢だ

滝沢が北口改札へ向かって歩いていくと

改札の向こうに五条の姿がいるのが見えた

特に待ち合わせをしたわけではないのだが

SNSで告知した時間に合わせて来たのだろう

彼女も彼に気付き、改札の奥から手を振った

 

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